STATEMENT
あなたが今、映画を観ていて、スクリーンに死んだ動物が映し出されたとしましょう。果たしてその動物は死を演じているのでしょうか、それとも本当に死んでいるのでしょうか。この問いは、人間が作った物語の中で、人間が「人間でないもの」に何らかの役割を強いているという事実を突きつけるものです。
私は、両親の職業柄、人為的な要因で急激に変化している自然環境や、そこに生息する野生動物が抱える問題に深く関わってきました。そして、これらの経験は私の考え方に大きな影響を与え、私は、人間が「人間でないもの」を見たり、語ったりする際に起こる奇妙な現象、解釈、誤訳、創造について考え、そうした事柄に関する作品を作りはじめました。
私は、「人間でないもの」にとっての世界は、私の見ている世界と違うものだと考えています。また、私は、パラレルに存在しているその世界を、人間が見たり、知ったりすることは、決してできないと思っています。しかし、人間の想像力は、それを超えようとする。この能力は通常、物事が見えない場合のほうがよく発揮されるものです。私は、この能力により、人間が「人間でないもの」に対して押し付けてきた意味、役割、地位、関係性などを剥ぎ取り、突然目の前に何かが投げ出された時のように、ただ、人間が「人間でないもの」と共に存在している、圧倒的で、身震いするような地点において、再び彼らと遇おうとします。私のこの考え方と方法は、恐らく、ダンサーが極端にゆっくりと歩くことで自分の身体の見えない部分、骨や筋肉などがどのように動くのかを初めて知るようなものです。そして最終的に、私も、私とは異なる彼らも、さらに広大な循環の中で共に存在する小さな一部分であると知ることとも無関係ではありません。私の作品は、誰かが地球の上にじっと座って、人間が見ることも知ることもできない世界について思考を巡らすための「時間そのもの」だと言えます。私は作品を通して、誰かによって与えられた名前や役割などから解放された、完全な自由の中で人間が「人間でないもの」について考える機会を生み出すことを求めています。
ABOUT THE WORK
《Hollow-Hare-Wallaby》は、ウサギワラビー(Eastern hare-wallaby)という動物の剥製です。しかしこれは実際の剥製ではなく、コンピュータグラフィックス(CG)の剥製です。奇妙な言い方ですが、これは仮想空間に取り残された「絶滅の複製品」なのです。Hollow-Hare-Wallabyというタイトルには、空洞の、虚ろな、そらぞらしいウサギワラビーといった意味があります。
ウサギワラビーは、かつてオーストラリア大陸に生息した有袋類の動物です。オーストラリアへ渡ったヨーロッパ人により持ち込まれた穴ウサギやアカギツネ等による生息環境の変化が原因で19世紀末に絶滅したと推測されています。オーストラリアの野生動物を体系的に記述した最初の人物として知られる英国人鳥類学者ジョン・グールドが、ウサギワラビーという種を特定してからおよそ50年後にこの種は絶滅したと考えられており、生態について記録はほとんど残されていません。現在、残されているのは剥製や標本、版画や絵のみです。それらを見ると、まるで今でもオーストラリアの自然保護区に行けばウサギワラビーの姿を見ることができるのでは、と錯覚させられるくらい、どこか親しみ深い姿をしています(話が少し脇にそれますが、現存する版画の中にはグールドの妻で画家のエリザベス・コクセン(1804–1841)の作品が含まれていることを付け加えておきます。実際にグールドの出版物のリトグラフの多くはエリザベスの手によるものでしたが、当時の女性の多くが経験したことと同様に、作品の署名に彼女の名前が載ることはありませんでした)。
地球上で6度目の大量絶滅の時代の真っただ中を生きている私にとって、「種の絶滅」とは心を引き裂かれるような事実であると同時に、宇宙の暗闇に吸い込まれるような気持ちになる途方もない出来事でもあります。それは、この事態に「絶滅」という名を付けた人類がいつの日か絶滅するという可能性が、地球の生命の歴史を考えれば決して起こらぬ事ではないと思えるからでしょう。一方、人間が奇跡を起こせるのかもしれないと希望を持つこともできます。例えば人間が人間以外の生き物たちのことを必死に想像することは、ひとつの力かもしれません。
既に述べたように、絶滅したウサギワラビーの本当の姿を私たちはもはや知ることができません。《Hollow-Hare-Wallaby》はトリノの自然博物館の協力のもと、ウサギワラビーの剥製の実寸に基づき作成されました。それでも、ドラクロワが描いた虎が何となく生きている虎よりも敷物の虎に見えたり、仏教美術の中の象が本物の象とはかけ離れた神話上の生き物のような姿になったりしているのと同じように、《Hollow-Hare-Wallaby》は人間の一方的な想像力から生まれたものに違いありません。そして、そう意識するとき、人間は人間以外の生物にとっての世界を想像し、それらに敬意を払い、人類は何を残せるのかと問うはずです。
[Credits]
Concept, Direction, Edit, CG, Sound: HAYAMA Rei
Instruments sound: Lars RUDOLPH
Zoological Information: Luca GHIRALDI, Museo Regionale di Scienze Naturali di Torino, Italy
Sound Mastering: YAMAZAKI Iwao
Equipment and Studio: MAKINO Takashi
Technical Assistance: TANAKA Daichi
Special Thanks: Lawrence ENGLISH, Room40, Stephen CHENG, Alexander LAU