STATEMENT
国、民族、男女に限らず、便宜上や法律などの様々な理由により人はカテゴリーに分けられますが、その中には多様な考えやアイデンティティがあり、他者から特異と見られる人にも平穏な日常は存在することを考察し、多様な「個」の日常や記憶、歴史、伝統、関係性、そして共同体の中に存在する個々のアイデンティティなどをテーマに移民や地域のコミュニティの人々とプロジェクトを行っています。
主なメディアとして写真と映像を使用し、被写体と心理的に共感しながら彼らの生きる風景に自らの経験を移入し重ねる。被写体と関係性を作るためのコミュニケーションの過程を重視し、写真・映像・サウンド・パフォーマンスなどを用いたインスタレーションを制作しています。
自身のルーツである在日コリアンの「学校」「家族」の個人史と日常を捉えた《sweet hours》(2001–2020)、《SAIESEO: between Two Koreas and Japan》(2008–)をはじめ、 国家政策の一環としてドイツへ渡った韓国系移民家族の日常と2世以降のアイデンティティに着目した《Between Breads and Noodles》(2014)、自身の結婚式のパフォーマンスを通じて伝統と儀式についての疑問や家族の拡張を模索した《The real wedding ceremony》(2010/2016)、まちの記憶を地域の子供へ繋ぐ《Continuous Way》(2013–2016)などのプロジェクトを通じて、自身が認識する「個」の領域は「家族」、そして「地域」へと拡張しました。
2021年にはコミュニティの中で「他人と築く家族」をテーマにしたプロジェクト《House to Home》の映像インスタレーションと共に、10歳の少女と共にジェントリフィケーションが起こるまちの過去・現在・未来を結ぶプロジェクト《Ari, A letter from Seongbuk-dong》の連携個展を開催。2つのプロジェクトをつなげる試みにより、環境の変化を誰もが経験すること、しかし本質的な関係性は変化や距離と関係なく続いていくことを示唆しました。
関係の始まりは互いの違いを認識し受容することから始まるのではないだろうかと考えています。
ABOUT THE WORK
国、民族、男女に限らず、人は便宜上や法律など、様々な理由によりカテゴリーに分けられます。その中に存在する、多様なアイデンティティ、それぞれの日常、記憶、歴史、伝統、関係性などをテーマに、移民や地域コミュニティの人々と、コミュニケーションを基盤としたプロジェクトを行ってきました。
Eye to Eye
この作品は、意識して見つめないと見過ごしてしまう「自分と異なる背景を持つ人々」の個性と向き合うことについて考察するためのヴィデオ・インスタレーションです。
自身も移民3世である金仁淑が、滋賀県愛知郡愛荘町にあるサンタナ学園(コレジオ・サンタナ)と出逢い、共に過ごしながら、0歳から18歳までの約80名の子どもたち、そしてサンタナ学園を支える先生や支援者と1人ひとり向き合って制作した作品で構成されています。
School Bus
サンタナ学園は、日系ブラジル人2世の中田ケンコ先生が1998年に開設した、ブラジルルーツの子どもたちを受け入れている保育・教育施設で、プレハブの建物と一軒家を組み合わせた校舎の中で約80名の子どもたちが過ごしています。保育・教育以外に子どもたちやその保護者の様々な生活サポートも行っており、ブラジル人コミュニティを支える役割も担っています。
サンタナ学園の朝は、先生たち自らが2~3時間にわたり運転して子どもたちを送迎するスクールバスの到着から始まります。滋賀県の湖東エリアや東近江エリア、甲賀エリアにかけて居住する子どもたちが、それぞれのバスに乗ってきます。授業と日常生活はポルトガル語。教科書もブラジルで使われているものを用いています。公的援助は届かず、開設以来自転車操業のような運営を続けているため、日本語教育を実施することができない厳しい状況にあります。
出逢い
「日本語が習得できないまま育ち、日本語圏の文化・社会活動への参加機会が実質奪われているサンタナ学園の子どもたちに、アートを通じて社会と繋がるきっかけを一緒に作りませんか」
サンタナ学園との出逢いは、滋賀県近江八幡市のボーダレス・アートミュージアムNO-MAの学芸員だった山田創さん(現在、滋賀県立美術館学芸員)の提案から始まりました。
2022年1月からの訪問を予定していましたが、新型コロナの影響により延期が相次ぎ、5月13日に初めて訪問することができました。7月にはNO-MAに11 ~18歳が学ぶ2つのクラスを招き、子どもたちの意見を取り入れた地域交流イベント「Bem-vindo(ようこそ)NO-MA!」を実施。9月から12月までは毎月サンタナ学園に滞在しながらNO-MAの「ケアしあうミュージアム」プロジェクトのひとつとして、子どもたちが、様々なアイデンティティが混在する近江八幡のまちと、自らのアイデンティティを見つめるためのアート教育プロジェクトを進めながら、彼らと関係性を作ってきました。
大家族
ヴィデオ・インスタレーション《Eye to Eye》は、前述のプロジェクトと並行して、金仁淑の個人プロジェクトとして制作しました。サンタナ学園のみなさんがアート作品に登場し、東京都写真美術館で作品と対面するまでがひとつの過程となっています。アートを通じて少しでも外の世界と繋がるきっかけを作ることも、このプロジェクトの目的です。11歳~18歳までの子どもたちと作品の対面は3月11日を予定しています。
制作のための滞在は毎月5日~10日間。子どもたちと同じ時間を過ごし、ケンコ先生が毎日80人分の昼食として作るブラジル料理を食べ、スクールバスに乗り、子どもたちとすべての先生、彼らを取り巻く人々にインタビューを行いました。
その中で1人ひとりが置かれている様々で複雑な背景を知り、自分の固定概念を揺さぶられるような衝撃を受けながら過ごしました。片言のポルトガル語と片言の日本語、身振り手振り、そして、在日ペルー人のカマルゴ・ミドリさんの丁寧な通訳を経て、互いの愛情と信頼を重ねてきました。
はじめはただの訪問者だった私たちに、彼らは少しずつ自分のことを話してくれるようになり、幼い子たちは会うたびに手を振りながら走り寄ってくれるので「Amo!」「大好き!」と言い合ってハグをするようになりました。
底抜けの明るさと温かさが絶えないサンタナ学園は、他人同士で構成される大家族として、愛情により成り立っています。文化と言語の壁は今でも高く厚いのですが、少しずつこの大家族の一員として迎え入れてもらえました。
彼らを取り巻く教育環境
彼らと過ごすことで知った多くの事実の中から、みなさんに一部を共有します。
滋賀県のホームページによると、県内に住む在日外国人の27.3%が自動車工場などの労働者として移住したブラジル人です。そして彼らのコミュニティと日本社会が交わる機会がほとんど無いという事実が存在しています。日本では日本国籍を持たない子どもたちは義務教育の対象となりません。日本の学校に通うことはできますが、学校になじめないまま通学をあきらめてしまい、自宅で過ごす子どもの問題が生じています。この事実は、サンタナ学園が開設された大きな理由でもあります。
個性の発見
今回は出逢いから向き合うまでを作品に収めました。
私は引き続き、彼らについて知っていきたいと考えています。
関係の始まりは互いの違いを認識し受容することから始まるのではないでしょうか。
彼らを取り巻く背景は複雑ですが、それを吹き飛ばすほどの魅力的な個性を持っています。
意識して見つめないと見過ごしてしまう「自分と異なる背景を持つ人々」の個性。
今回のインスタレーションを通じて、彼らの存在を自分の体験として捉え、多様な人々と共存する社会について共に考察していただけると幸いです。
謝辞
最後に、サンタナ学園、NPO法人コレジオ・サンタナ、社会福祉法人グロー(GLOW)、愛荘町国際交流協会、山田創さん、カマルゴ・ミドリさん、Knots for the Artsをはじめ、作品制作にご協力いただいたすべての方々、そしてこの作品を制作する機会を与えてくださった恵比寿映像祭2023「コミッション・プロジェクト」に感謝の意を表します。
作品をご覧いただいたみなさまにも、この出逢いが繋がっていくことを強く願っています。
[参考ウェブサイト]
〇NPO法人コレジオ・サンタナ
〇ボーダレス・アートミュージアムNO-MA 地域交流イベント「Bem-vindo(ようこそ)NO-MA!」について
〇地域交流イベント「Bem-vindo(ようこそ)NO-MA!」映像作品、金仁淑制作
〇Knots Radio
〇愛荘町国際交流協会
〇滋賀県ホームページ「滋賀県の国籍別外国人人口について」